OCMC

Osaka Child Mind Center

一般社団法人 大阪市こども心理センター

日本で唯一こども専門の催眠療法室併設

意味もなく、すべてに腹が立つ・・・親に、社会にも。不登校、思春期ブルーのケース

2017-01-19  起立性調節障害改善例

反抗期と社会へのいらだち・・・言いようのないむなしさ。思春期ブルーが彼の性格を一変させる。

小学校から中学1年生の2学期まで、学年でもトップで成績優秀、スポーツ万能だったという現在高校1年生の男のお子さんがやってきました。
お母さんの話しによると中学1年の終わり頃から、急に元気が亡くなるとともに、反抗期がはじまり、勉強はしたくない、貧富の差があるのは社会が悪い、大人 は嘘つき、親は自分の思い通りに育てようとする、人間はなぜ生きなければならないのか、死ぬことへの意味、勉強をする意味などなど、とくに母親に対しては、自分の悩みをぶちまけるかの ように日々荒れた毎日を送るようになる。
中学2年・3年はほとんど不登校状態で過ごす。高校へは通信制に入学するが、まだ親や社会に対する怒りのようなものを口にするという。しかし中学のころよりだいぶ落ち着いてきているとのこと。

じっくり話しを聞きました。政治や経済、資本家、社会の仕組みが悪い、また親も悪いと語る。

男 の子とふたりだけで面談しました。「今、学校はどうしているの」とちょっとため口で親しそうに問いかけました。「週に1回か2回くらい行っています」「休みすぎるとヤバいかな」「ヤバいです。これ以 上休むと、留年もと言われています。通信制でも留年があるのですね。驚きました」「大学は行くの?」「はい、行きたいです。できれば関大か近大に、東京の大学もいいかなと考えています」「勉強はどうしてい ますか」「まだやる気が起きないです。全然、やらなきゃ行けないのはわかっているのだけれど、今はまだやる気が起きないです」「学校へ行かない日々はどう している?ゲームかな」「寝ているか、やはりゲームしている時が多いです」「親に対しての気持ちは、どうなの?」「うーん、子供の頃は親に喜んでほしいと思って勉強もがんばった けど、途中からなぜ親のためにがんばるのか、親の期待に応えるのも意味がないと考えて・・・ずーっと良い子でいるのがバカらしく思えて・・・親の心配はよく分 かるけど、オレはオレって今思っています。良い子には戻れないというより、もどらないです。動物の社会でも子供はどんどん自立していくのに、人間社会は親 が自分の思い通りにしたいから、その自立を遅らせようとしている。環境問題にしても今の大人たちによって・・・・温暖化が進んで、地球がしまいには人が住 めなくなると思うと(地球環境の悪化の色々な例をあげて話す、かなり高度な話しも・・・・・・・・・)」
「色々勉強しているんだね」「インターネットで調べていて興味を持ちました」
思春期ブルーになるお子様は、何かにつけて、社会が悪い、政治が悪い、親が悪いと考えます。また死への憧憬を抱く子もいます。このお子様もそのケースと考えられました。じっくりじっくり約3回にわたってお話を聞きました。合計4時間の傾聴タイムでした。

心にためこんでいた話しをしてスッキリ。そこで出て来た言葉は、やり直したい。

そ して3回目が終って、彼は一区切り付いたのか、全部話して満足したのか、「先生、話しを聞いてくれてありがとう。こんなこと親に話しても意味がないし、友 達に話しても変なヤツ、って思われるし、なんか気持ちがいいです。すっきりしました」と述べ、私も「先生も勉強になったよ。ありがとう、色々考えているん だね」そうすると彼は「でもやっぱり人間にはすぐれた科学や技術があるから、そして進歩しているから近い将来、環境問題も解決できるかもしれませんね」と、そ して「ぼくも本当はこんなことで、色々悩んでいるようでは全然成長してないですよね。なんとかしないと・・・先生、まだやり直せますかね、間に合いますか ね」「それは勉強のこと?」「勉強も学校もです。やはり本当は大学へ行きたいし、今までの空白の時間を取り戻したいと思うような気持ちになってきました」 「まだ高校1年生だし、間に合うよ。」というと顔つきが、ぐーっと明るくなってくるのを感じました。
どうやら“気づき”を持てたのではと感じました。

カウンセリングで心に気づきを持つ。そして催眠療法へ。出て来た言葉はなんと学校へ戻る、勉強をするだった。

そ して催眠療法を施しました。“自分についてはどう進むべきか、どうあるべきか、どう考えるべきかを。学校のことについては、どうするべきか、進学はどうす るか、どうしたいかなどを、心の中で問い、そして潜在意識と一緒になって答えを出して行きました。『学校へもどる』『関大をめざす』『自分を大切にする』 『勉強をする』などなど、心の中で導いていくことが出来ました。その後、彼は完全復学を果たすことができました。